自分が美鶴に頼りっきりになってきたから、だから美鶴を傷つけてしまった。自分がもっとちゃんとしていれば、澤村くんに捕まる事もなかったんだ。
ずっと、悪いのは自分だと、責めてきた。
美鶴の事は、小さい時から好きだった。小学一年のあの日、思い切って声を掛けて以来、ずっと美鶴が側に居てくれた。それを里奈は嬉しいと思ってきた。美鶴が居なくなって寂しかった。どうしようもなく辛かった。それが自分のせいなのだとわかると、どうしてよいのかわからないくらい悩んだ。
悩んで、でも会いたいと思った。
こんなに近くに居るのだ。また、逢いたい。
なのに、美鶴は会ってはくれない。
怒っているのか? それとも、もう自分などは、どうでもよい存在なのか?
毎日毎日、どうすれば美鶴が許してくれるのか、どうすれば美鶴に会えるのか、ずっとずっと考えていた。寝られないくらいに考えていた。それなのに。
里奈はキュッと唇に力を入れる。
ずっと自分が悩んでいる間、美鶴は毎日金本くんと同じ学校に通って、一緒に楽しく過ごしていたのだ。
胸の奥から、黒くモヤモヤとしたものが湧き上がってくる。それは霧のように不確かで、それなのに重苦しくて、ゆっくりと、じわじわと沁み入るように広がっていく。
私が悩んでいる間、美鶴は毎日金本くんと一緒に並んで歩いて、楽しく過ごしていたんだ。私が、こんなにいっぱい悩んでいたというのに。
どうして?
初めて、疑問が沸いた。
どうして私はこんなに悩まなくちゃならないの? どうして私ばっかり悩んで、美鶴だけ楽しい思いをしているの?
きっと楽しい思いをしている。金本くんと同じ学校に通って、金本くんに好きって言われて。
急激に胸が苦しくなる。
金本聡という人物は苦手だと、里奈はずっと思ってきた。優しさなど欠片も持ち合わせてはいない、粗暴で凶悪な存在だと思っていた。なぜ美鶴が平気でいられるのか、全然理解できなかった。
本当は、あんなに優しい人だったのだ。美鶴はそれを知っていたから、だから金本くんと仲良く一緒に楽しく過ごす事ができていたんだ。自分は、全然知らなかったというのに。
自分が知らなかった金本聡の魅力を、美鶴はずっと前から知っていた。
ずるいと思った。
私だけが悩んで、美鶴ばっかり、美鶴ばっかり。
美鶴が楽しく毎日を過ごしているんだもの。私にだって同じように過ごす権利はあるはずだわ。確かに私はいくじなしで勇気も無くって、他人に頼ってばかりの情けない人間かもしれないけれど、だからって、これはちょっとずるいわよ。
私にだって、権利はある。私にだって、金本くんを好きになる権利は、あるはずだ。
美鶴には、絶対に渡したくないと思った。
自分にばかり悩みを押し付けて、会いたいという自分の気持ちも無視して楽しく毎日を過ごしている美鶴には、渡したくないと思った。
「私は美鶴に会いたいって、ずっと言ってきた」
里奈は腹の前で両手の指を弄ぶ。
「でも美鶴は会ってはくれなかった」
「お前が会おうとしなかったからだろ」
「駅舎に会いに行った」
「涼木に連れてってもらったんだろ」
顔をあげると、冷めた視線に見下ろされる。
「何をやるにも他人任せ。なに一つ自分ではできねぇじゃねぇか」
「だって、美鶴の居場所も連絡先もわからなかったから」
「だからそれはっ!」
聡は右足で地面を叩く。
「前にも言っただろっ! そんなのは理由にはならねぇって。連絡なんて、取ろうと思えばいくらだって取れるんだよ。会おうと思えば方法なんていくらでもある。学校の校門で待ち伏せる事くらいできるだろって、前にも言ったよなっ!」
「言ったよ」
精一杯、反論する。
「金本くん、そう言った。だから私、待ってたの」
「は?」
「校門で金本くんを待ってたの」
住宅街を、宅配サービスのバイクが通り過ぎて行く。
「金本くんに言われて、私もそうだと思ったから、だから私、待ってたの。だって金本くんに会いたいって思ったから」
「会いたい相手が、違うだろっ」
聡の声が擦れる。
「待ち伏せる相手が違うだろ」
「違わないよ」
むしろ里奈の声の方が、ハッキリとしていて聞き取りやすい。
「違わない。だって私の会いたい相手は、金本くんだもの。美鶴じゃない」
そう、美鶴じゃない。
「もう、美鶴じゃないの。美鶴はもういいの」
半分は、自分に言い聞かせる。
「こっちがこんなに会いたいって、会えるように頑張っているのに、ちっとも応えてくれない人、そんな人はもういいの」
「じゃあ、俺の事も、もういいな?」
「え?」
「俺も、お前には応えるつもりはない。だから、そういう俺の事も、もういいよな?」
「金本くんは、違う」
視線を逸らす。冷たく、刺すような視線を向けられると、気持ちが萎えてしまいそうになる。
怖くないよ。
「美鶴の事で、わかったの。自分で待ってるだけじゃ駄目だって。だから私、金本くんに応えてもらえるように、頑張る」
「じゃあ、美鶴にも会えるように頑張れよ」
「美鶴はもういい。美鶴には頼らないから」
「じゃあ、俺の事も諦めろ。俺も美鶴と同じだ」
「違うっ」
両手を胸の高さまで持ち上げる。そうして握り締める。
「金本くんは違う」
「違わない」
「違う。金本くんは本当は優しいから」
「優しくなんかねぇよ」
「優しいよ。だって私を助けてくれた」
「だから、あれは助けたつもりはねぇって」
「でも助けてくれた」
里奈は食い下がる。聡の方が、気後れしそう。
これ、本当に田代か?
疑わずにはいられない。
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